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ゲーム音楽とMIDI

10月に書いたエントリーでゲーム音楽という要素をすっかり忘れていたので書いてみます。MIDI衰勢には関係ありますがJASRAC以外の要因という点で。

ゲーム音楽というジャンル(80年代前半~)

このジャンルの発祥はいつなのか分からないし何を持ってジャンル化したか分かりませんが自分的にはドラクエ辺りからかな?ゲーム音楽がレコード化した代表的な音楽です。楽譜もありクラシカルということもあり、子供受けを狙ったブラス隊(警察とか)はメドレーとかに取り入れてワクワクさせてもらいました。

年々進化するゲーム音源(80年代中盤~90年代前半)

80年代前半までは、人気のゲーム機がファミコンでゲーム音源といえばそれを指したと思います。PCゲーの方も既にYM2203辺りはあったかもしれませんが、その後ファミコンでのRPGブームでゲームが社会現象にまでなったし(私もドラクエⅢをねだって1ヶ月くらい親父に電気屋中心に探してもらった)。さらに90年代に入ると一気にゲーム機の種類が増えBGMも進化してきてピコピコ音から脱却、楽器が分かる程度のFM音源・PCM音源になってました。このとき「女神転生Ⅱ」のBGMが大好きで実演奏のCDを買い家にあるアコギやリコーダーを駆使して耳コピしまくり。

PCゲームのに乗り換え(90年代前半~中盤)

高校生になったとき、ゲーム機でゲームするのをやめてしまいました。原因は写りの悪いテレビで長時間RPGやSLGやってたのでド近眼になってしまったこと(今は運転免許に制限なしまで回復)。ついでに成績も悪くなったのでこのままではいけないと自分からやめました(同時にTV見ること自体殆どなくなった)。さらにもうひとつ理由があって、この頃はハードが多くて遊ぶゲームが少ないのにハードばかり買うのは無理というのからPCならプログラミングの勉強とゲーム両方出来て一石二鳥と考えていました。この頃の家庭用ゲームの音源はCD-ROM化が進んでいたのもあってCD-DA演奏が多く既にゲーム機が演奏しなくなったと思います。PCの方はゲーム音楽作曲としてFM音源が既にあり、高校で先輩が作った凄いデモを聞いたことでサウンドクリエーターやってみたいなぁと思います。

PCゲームではMIDI対応の全盛期(90年代前半~中盤)

聞き専でMIDI買った人はこの時期が一番多いのではないかなーと思います。私は以前のエントリーで書いたとおりファーランドストーリーにMIDI機器つけた店頭デモが最初ですね。あとゲーム音源で鳥肌が立ったのもこれが最初です。その後PC98を買いますがMIDI買うお金がありません。おねだりしてももっともらしい理由が思いつきません><。仕方なくこの時期はYM2203と付き合うことに、それでMIDI第一次ブームの頃は蚊帳の外でMML打ち込みです。

PCゲームの音源もCD-DA化(Win95以降)

やっぱり実演奏にはかないません。これが最大の理由かと。DOSは死にゲームもWindows化されていきますがこの頃のPCはCD-ROMが普通についていますがPC低価格化とWindowsブームでPCユーザが急に増えたため相対的にMIDI機器持っている割合が急降下。聞き専の方はこのあたりで終了。で私はバイト代つぎ込んでハチプロ買ってたりする。

この頃持ってたゲーム:
motoracer2(98年) BGMはCD-DAです。

PCゲームにソフト音源採用(WinMe以降)

PCの高性能化が進んでサンプリング音源の演奏が出来るようになってきたことで一部ゲームは独自のソフト音源を利用するようになりました。ソフト音源にするメリットはループや切り替えをするBGMには音が途切れることが一番ネックなのでそういう意味でCD-DAやmp3よりも優位に立てます。

この頃持ってたゲーム:
UnrealTournament(2000年) modとか言う自前でサンプリングするソフト音源

ってこんなとこかな。聞き専で思うとPCゲームのBGMにMIDIが使われなくなったのが一番痛いかも、FM音源もPC98と心中したし。そのせいでPCで再生するのはCD-DAかwavなんて状態になったので曲を作る側も外部MIDIからwavに録音する手間と劣化(ノイズが混じるとか)を気にする必要が出てきました。

DTMが流行らない理由って潜在的なユーザはいるのに、その難しさにあると思うんですよね。DAWも昔に比べれば直感的にパラメーターを弄れるようになりましたが、音の理論も分からない人がいきなり弄れるものじゃないし、作曲が出来ても公開したところでチューニングしてない音源では評価されにくいという敷居の高さもあります。今のニコニコではVoicaloidがどういったものでチューニングすればどこまでいけるのかを視聴者は知ってますので素で歌わせたら速攻で「ズコー」とか「調教不足」って言われますよね。

 

DTM雑誌の歴史

すごい懐かしいものが掲載されているページを見つけました。でもベーマガの別冊がルーツなんて知らなかった。でもベーマガはかなり長期間お世話になったので記事に掲載されているコンピュータミュージックマガジンの表紙絵はしっかり覚えています。ただEpとSynQだけは見たことないな。
あとDTMマガジンはたしか96~97年頃から買っていたかな~?就職してから移動を機に一人暮らし始めた時に2000年12月号まで処分してしまってもう無い…。今もってる一番古いのが2001年1月号で発行元は既に寺島情報企画になってますね。

国内DTM関連雑誌の足跡 Part2 DTMマガジン誕生への流れ – [DTM・デジタルレコーディング]All About
http://allabout.co.jp/entertainment/dtm/closeup/CU20031103/index.htm

MIDIとJASRACの関係

最近DTMの話題が絶えませんが、昔DTMをやっていた一人としては時々話題になる「JASRACの圧力」という言葉に過敏に反応してたりします。以下は自分の体験談のため主観的な文章ですが当時を知っている人には共感するところあるかなっと。

MIDIとの出会い

元々はマシン語の勉強のために94年にPC-98UX21を中古購入したのですが、当時のPC-98用ゲーム「ファーランドストーリー」がRoland CM-500でBGM演奏しているデモを聞いて鳥肌。コンピュータだけでも作曲と演奏が出来ることに衝撃。でも当時からMIDI音源は高価だったので高校生が買えるものではなくしばらくはFM音源のYM2203弄りとN-88BASIC上でMMLによる演奏データ作成をやってました。(耳コピと採譜は小学高学年くらいから始めた。さらに言えば小3~小6の時に使っていたYAMAHAエレクトーンにMIDIのロゴが入っていたのを再発見するのはさらに数年後。楽器同士繋げるだけの物と思いDTMと連携できるなんて思いもしませんでした)

またそのころに通信カラオケなるものが登場し楽曲データはMIDIフォーマットに対応していました、その時にこの業界でカラオケデータを作る仕事が増え食っていけるかなと思ってましたが、親に猛反対されそうなので言えなかったですね。

その後カラオケボックスでは曲の配信が通信回線(多分ISDNとか)を利用してどこのカラオケ屋でも楽曲数が増え、新しい曲も早く提供されるようになりました。通信カラオケのこともあるので多分MIDIでやっているのだろうと思ったらMIDIフォーマットだったかどうかは分かりませんでしたが明らかに演奏データを落として電子音源で演奏させているのはすぐにわかりました。

PC用MIDI機器を入手

96年PCをPC-9801BX2(中古)に買い替え。このときにSoundBlasterとYAMAHA DB50XGを使い始めた。習作がてら楽譜からのカラオケデータ作成やエレクトーン演奏の練習の為のお手本作りなどを無料で請け負ってました。98年にはハチプロを購入しソフトもXG WorksからCakeWalkに切り替え。でもこの頃からバイトとプログラミングに時間を取られだんだんMIDIは再生機器としか使わなくなっていく。

2000年ネット上でのMIDI公開に著作権料が発生

2000年にMIDIユーザに衝撃的な事件が勃発。この時は既にPerl屋としてウェブ制作の支援をやっていたときですが、FLASHのBGMとしてのMIDI制作ということもありました。さらにこの時点ではインターネットは一般に認知されていましたがまだブロードバンドが普及していないためネット上の音楽交換としてmp3だけでなくMIDIも大量に配布されており、通信回線の都合上MIDIデータの方が入手しやすかった。また音源としてハチプロを持っているので互換性で悩むことも少なかった。さらに言えばMIDIデータに関しては二次著作物が多いのは認識していたがCDからコピーしたものとは違い、耳で聞いたものを電子音源で再現したものだし再現性でも生演奏には到底追いつかないため著作権料を払うことに対しては強い抵抗があった。

News:個人サイトでの楽曲利用,MIDIユーザーの猛反対も文化庁が認可
http://www.itmedia.co.jp/news/0012/22/jasrac.html

もちろんMP3に関しては、明らかに違法コピーという認識があったのでMP3サイト管理人や一生懸命夜中にシコシコダウンロードしていた連中に対してはザマーミロと言った。しかしMIDIに関してはやりすぎでないかと思った。当時を知るDTMユーザはこの事件をJASRACの圧力と表現している。

当然MIDIデータの作成に関して原曲の音源は使用しないので、演奏・歌手の原版権は及ばない。
当時の音源ではMIDIフォーマットのまま配布する場合にボーカルは存在しないため、作詞の著作権は及ばない。(歌詞を同時配布したり、埋め込んだ場合は別)
あとは作曲の著作権となるが、これが楽譜を元に権利が発生するのか聞いた音で判断するのかで意見も異なる。
実際の楽器でも楽譜だけの情報では再現しきれない演奏テクニックがあるのと同じでまず楽譜どおりに入力してもMIDIはチープな演奏しかしてくれない。人が演奏しているように再現するには、パラメータの調整で音質を変えたり、複数の楽器の音を組み合わせて一つの音を作り上げたり、時には音程まで変えて似せようとします。このようにして作られたデータは元の楽譜とは似ても似つかないものになっている場合もありますがMIDI演奏のノウハウが詰まっていて、DTMを学習する人には貴重なデータです。さらに耳コピで作成したデータの場合は楽譜も使用していないのである。つまり楽譜を元に著作権を主張するなら耳コピ+MIDIテクで作った曲は盗作呼ばわりはされても二次著作物ではないと考えることが出来る。
(JASRACでは曲名と歌手名で管理しているので、全く違う曲名つけたものはどうなる?盗作には間違いないが)

次に非営利個人でも著作権料を払うかどうかについては、MIDIの制作活動で誰か損をしているのか?という話題が挙がった。著作権料を払うことと著作者に対する損害の有無は単純に語れない話だがDTMユーザにとってはネット上のMIDI制作活動が経済的負担により事実上制限されてしまった。これは自己アピールを含めた公表を目的とした人だけでなく、これからDTMを始める人にとっても勉強の場やコミュニティーが一気に消滅してしまった。

この事が大げさにJASRACの圧力で若い芽を摘んだとか、アーティストの質が低下したと言われていますがどうなんでしょう。職業として作曲者を選択した人はこれくらい理由で曲げたりしないし、淘汰されたのは演奏用音源としてしか使わなかったライトユーザ層が殆どな気がします。その影響がDTMユーザの減少とPC用ハード音源の新機種が出にくくなった事に繋がっていると思います。ソフトシンセの性能向上も関係ありそうですがやはり相当CPUパワー必要とするのでヘビーユーザしか残れなかったと思います。

私の場合はブロードバンドの普及でカラオケからMIDIデータが消えたことでカラオケ用MIDIデータの制作という仕事は無いと判断した事だし。その割には音響だとか音質については関わりを持とうとし、耳コピで苦労していたこともあってMIDIとは逆で人工知能で音源を抽出しその音階を検出することは出来ないかと研究内容の近い研究室に入り込んで、結果音声認識・雑音除去のベンチャーに就職することになります。

その後携帯電話でFM音源+MMLそしてSMAFとDTMと同じ流れでやってきたのは驚き。でもその携帯電話も着うたフルに押されて今では携帯電話ゲーム用音源。

FLASHのコンテンツで貴重な存在となったDTM職人

またDTMではハードウェア音源を持つユーザの割合がどんどん少なくなり、WindowsXP搭載のソフトシンセが標準のMIDI音源?という気がしてきた。昔は特定の音源を駆使するものだったが、ソフトシンセで問題なく聞けるようにする方法と特定の音源を利用する場合はMP3に変換するという形式に変わってきました。この時代の一般DTMユーザーはDTM職人と呼ばれるようになり、FLASHのBGMでコラボレーションする機会が増えてきたと思います。ただオリジナル曲で提供しないとFLASHが黒作品(著作権に問題がある作品)となるためそこまで出来る職人の数はそう多くありません。(だから職人と呼ばれるようになったのかな)

VOCALOIDの登場

ここからは以前書いた事と同じですが、会社で音声合成だけはやってなかったので情報を集めている最中にVOCALOIDのニュースを見つけるんですね。ただロボットボイスになりやすいのでTTSの方がFLASHに使われていたと思います。(価格の問題もあったかな)

作品公開の場が個人サイトから動画投稿型サイトへ

FLASHの人気が上がるにしたがって問題化したのが転送量の問題。まだFLASHのみで作成した作品は軽量だがその中にMP3等の音楽、画像・動画を埋め込むことによって急激に容量が増加。これによってFLASHを公開する場所を転々としないとアクセス集中時に見れなくなったりする。ちょうどその時期に登場したのがYoutube。但しここで流行ったのはMADとアニメ録画、特に制作中心の流れではなかった。

アイマスMADとニコニコ動画

ニコニコ動画は再生している動画に擬似リアルタイムでコメントを入れ、みんなで楽しむ体験ができるサービスだと思っている。これと似たようなものでは実況掲示板を見ながらTVを見るのに近いと思う。
そしてアイドルマスターの人気と別のBGMを入れたMAD作品が流行った。このころのDTM職人は打ち込みだけでなくサンプリングを駆使できる人が増えた。これはソフトシンセ発展やMIDI関連機器がレコーディング向けのものが多くなったおかげもあるかも。

初音ミクの影響で一気にDTMユーザが増える。

ただここで注目したいのは今まで生き残ってきたDTM職人と初音ミクからDTM始める人では極めようとしている範囲が違うこと。初音ミクからの人は当然ボーカルにこだわり、これからもこだわっていくと思う。現状BGMの制作は難しいためオリジナル曲を制作するにはDTM職人の協力が必要だと思います。

現在はVOCALOIDの認知のため一般的な曲のカラオケ版やボーカル除去の処理をしてVOCALOIDに歌わせている動画が多いのですが、また近いうちに黒作品として抹消されてしまう運命にあると思います。

今度こそは自爆してDTMがマイナー趣味に戻らないようにレコード会社や管理団体の権利が及ばないユーザ同士のコラボレーションによって発展できる基礎を作りたいですね。

追記:2007/12/24 23:43
この記事がYoutube板に張られるのに今気づいて、ウソ書いてないか読み直し(^^;
耳コピMIDIについて自論展開してますが当時は音楽著作権についてよく知らず、CDとかの原盤管理してるとことしか思って無かったです。

「カラオケからMIDIデータが消えた」も当時の思い込み。個人的にサンプリング系はDTMとして認めてなかったしなぁ。当時と比べるとDTMの表現能力って凄く広がった気がします。

スレにも10年前という書き込みがありますが、パソ通はやってなかったから96年辺りのMIDIに対するJASRACの動きは知らないです。というか10年前何があったの?躍起になって探してた。